菩提寺の起源
むかし、この地に、七堂伽藍を備えた「桜井寺」と号した寺がありましたが、何れの時代にか兵火によって焼失し再建をみることなく廃寺となるも山の寺の地に小堂があったと伝えられています。
後に大永元年、大徳忍蓮社堪誉直道この地に来たりて、桜井寺の因縁により、草庵を建立する。
この当時、松平親房当地に進出し、桜井城を築き、松平信定を桜井城主とした。桜井城主となった信定は、城の守護神として八幡宮を勧請し、又松平家先祖供養のため、下屋敷にあった桜井山大超院を菩提寺とし、享禄二年本堂の建立をはじめ伽藍も完備され、仏師春日による本尊阿弥陀如来を安置、桜井山菩提寺と称し、一家の香華院と為した。
初代信定、二代家重、三代家次、四代忠正、五代忠吉、家次三男忠廣、七代忠頼、八代忠重、桜井氏子女、桜井氏歴代夫人のお墓があります。位牌もあります。